「そんなこと、オレは聞いてない!」と言いたくなったら
魅惑のパワーワード
「オレは聞いてないぞ!」と叫んだことはありますか?
私はありません。一度言ってみたいのですが、私が仕事などで「オレは聞いてない!」と叫んでも、おそらく無視されるか「そうだよね。言ってないし」と流されるだけだからです。
ですがこの言葉は、ある程度地位や影響力のある人物が、何かのプロジェクトなどが軌道に乗り、皆がノリノリになって進めている状況で唱えると、「ザ・ワールド」のような時間停止効果が発生する魅惑のパワーワードとなります。
「オレは聞いてない」は、おおかた「オレが聞いておくべきことなのに、オレに知らせずに話が進んでいるのはけしからん」ということでしょう。そしてたいていは「だからオレの承認なしで動くな」と続き、物事の進行を止めてしまうのです。
これは唱える人間の地位が高ければ高いほど、時間を止められる対象の規模が大きくなります。大企業の社長が大きなプロジェクトに対して唱えた日には、一体何人の時間が停止してしまうのでしょう。
その場のきまずさを想像しただけでゾクゾクしますが、言うほうにとっても、自分の一言で大勢の時間がとまり、自らのパワーを実感でき、ある意味快感をもたらすかもしれません。
ただ、本来自分を通す手続きが必要なはずなのに、なぜか自分抜きで進行しているときに、そう言いたくなる気持ちもわかります。
要するにコミュニケーションの不足が原因ですね。
「オレは聞いていない」を可視化する
具体的にはどういう状況なのか、細谷功『会社の老化は止められない』(亜紀書房)という本の中で図解されていました。
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これは、連絡したい内容が、フォーマル(形式重視)のルートとインフォーマル(実質重視)のルートそれぞれで伝わっているかどうかの場合分け表ですね。わかりやすく言うと、フォーマルは「立場上伝えなければいけない形式的権限者」、インフォーマルは「その実行に必要不可欠なキーパーソン」という感じでしょうか。
そうすると、図のように4つの場合に分けられます。
- A 形式的権限者にもキーパーソンにも伝わっている
- コミュニケーションに問題はありません。健全です。
- B 形式的権限者には伝わっているが、キーパーソンには伝わっていない
- これではなにも進行できません。口だけの自己満足で終わります。
- C 形式的権限者には伝わっていないが、キーパーソンには伝わっている
- キーマンがいるためプロジェクトは実質的に進行可能です。
- D 形式的権限者にも、キーパーソンにも伝わっていない
- どうにもなりません。
Aの場合は何も問題なくプロジェクトが進みますね。
Cの場合でも、キーパーソンがいるため、進行可能です。
ですがCの場合、知らされていなかった権限者は、当然面白くありません。
そこでこの言葉が飛び出します。
「こんな話、オレは聞いてないぞ!」
本当に必要なことを考える
しかし聞いてないと言ったところで、言われた側はたいてい「めんどうくさい」以外の感想は抱かないでしょう。
確かに、進めていた人たちのコミュニケーションには不備がありました。彼らは組織図上では確かに権限を持つ人に止めろと言われれば、止めるしかありません。
ですが、自分が知らないにもかかわらず物事が進んでいた場合、「オレがいなくても進んでいた」という事実を直視しなければなりません。自分はもしかしたら、実質的にプロジェクトに必要ではなかったのかも……。
そうであれば、「オレは聞いていない」を唱えて時間を停止させても、自分が満足するだけで何も有益なことはありません。
本書でも下記のようにバッサリ斬っています。
なぜ連絡が来ないかといえば、「言っても価値がないから」である可能性が高い。とすれば、本人としては自分の正当性を主張しているつもりでも、実際は「役割にふさわしい仕事をしていない」ということを自ら広めている言動になっている。それに本人が気づいていないわけで、このような喜劇もまた老化*1のなせるわざといってよいだろう。
――前掲書 p92
もし「オレは聞いていない!」と言いたくなったら、口に出す前にこの図を思い出して、なぜ自分がそのような状況になっているのかを再考し、どうすればプロジェクトが一番スムーズに進むか、を最優先にして動いてみるとよいかもしれません。
会社も老化し、最後には死ぬ
以下は本の紹介になります。
今回参考にしたのは「地頭力」などのビジネス思考法で有名な細谷功さんの著作『会社の老化は止められない』です。
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本書では会社の成長を、人間の成長になぞらえ、会社の成長とともに発生する不合理(たとえば会議の増加、ルーチンワークの増加、意思決定速度の低下など)を、「老化」に見立てて解明しています。
上で書いた「オレは聞いていない」も、老化現象のひとつ「社員増加による社内コミュニケーションコストの増大」の例として挙げられているものです。
本書は、組織が変化していく「しくみ」を徹底的に解剖した「科学読み物」といってもいいかもしれません。まさに「会社」という組織の性質を科学的思考で分析しており、発見・納得のカタルシスをたくさん得られるので、科学書好きにもおすすめです。
また、著者は近年はビジネス思考にとどまらず、もっと大きな枠で世の中をつらぬく仕組みを可視化しようと試みているようです。
価格:1,944円 |
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これらはまだ読んでいませんが、いずれ読もうと思っています。
*1:引用者注:ここでは人ではなく会社組織の老化をさす