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欺瞞飛行

giman hikou ――本やゲーム、その他よくわからないブログ

きびなご

スーパーで安かったので買って南蛮漬け。

レシピはクックパッドのこれ↓
楽ちん♪キビナゴの南蛮漬け by anuenue♡ [クックパッド] 簡単おいしいみんなのレシピが261万品
 
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案外よくできた。うまい!
油で揚げたものをわざわざ酢漬けにするとか意味不明としか思えないんだけどうまいものはうまい。

きのう本屋で見かけて笑えた書籍タイトル

『バグる脳――脳はけっこう頭が悪い』
張作霖――爆殺への軌跡』
『この世界が消えたあとの科学文明の作りかた』

全部ほしかったけど予算が足りなかったので『この世界~』と、あと『本を作るという仕事』を買いました。
2冊で4000円強。

やっぱ本は高い。でも本は良い。
感想は後日。

藤田達生『秀吉と海賊大名』 戦国末期瀬戸内海のパワーゲーム

歴史

なんかの拍子でAmazonのおすすめに出てきた藤田達生『秀吉と海賊大名』(中公新書)をぽちって読む。

秀吉と海賊大名 - 海から見た戦国終焉 (中公新書)

秀吉と海賊大名 - 海から見た戦国終焉 (中公新書)


瀬戸内海の村上氏を始めとした戦国海賊たちの動向を追い、さらにその主筋の河野家・毛利家、これと対立する長宗我部家、そして足利将軍家、織田家、豊臣家などがからむ戦国末期~近世初期の近畿・中国・四国情勢を描いた本である(この時代の海賊というと東アジア全体で活躍した倭寇も思い起こされるが、本書では倭寇にはほとんど触れられていなかった)。

戦国時代の海賊とは?

戦国の海賊は、“賊”という漢字は使われているものの略奪を繰り返すならず者集団というわけではなく、きちんとした理屈と秩序を持って動いていた。
活動としては、

  • 航路上重要な港や水路を支配して「海の関所」(海関)を設け、港を利用したり水路を通行する船舶から税を徴収する(そして通行の安全を保証する=払わないと安全は保証しない)。
  • 水軍として軍事行動に従事する。

ということで、このあたりは陸の武士勢力とやっていることはあまり変わらないので、海賊といってもどちらかというと「海を活動領域とする武士団」といったほうが近いようである。

この本には見た目についての言及は特になかったけど、「忍たま乱太郎」に出てくる兵庫第三共栄丸さんのイメージでよいのだろうか(泳げないということはないだろうけど)。

瀬戸内の代表的海賊「村上氏」

本書で主にとりあげられているの瀬戸内海の海賊たち。
特に有名なのは村上氏。村上氏には有力な三つの家があり、それぞれ本拠にした島にちなみ来島村上氏、因島村上氏、能島村上氏と呼ばれる。

村上三氏の本拠島

上の地図に見えるように、瀬戸内海には多数の島々があり、海路も非常に入り組んでいる。
彼らはこれら航路の重要拠点に城を築き(海城)、海を監視し支配していた。

海賊衆の棟梁「河野家」

村上氏を始めとした海賊たちが主君と仰いでいたのは、伊予(愛媛県)の河野家だという。河野家は、伊予の名族で、守護大名として伊予の大部分を支配していた。
さらに海賊を通じて伊予から瀬戸内海広域に影響力を持っていたという。

河野家といえばゲームの「信長の野望」なんかでは毛利か長曾我部に速攻で倒される弱小大名だが、実際はなかなか強力な勢力を築いていたようである。

のちに中国地方で大勢力となった毛利家と縁戚関係となり、次第に毛利家中の一勢力として取り込まれていく。

 

「安土幕府」と「鞆幕府」の二重公儀体制

戦国末期の瀬戸内の海賊の動向に大きな影響をおよぼしたのが、織田信長の勢力伸長である。

1573年、織田信長は奉じていた室町幕府15代将軍足利義昭を京都から追放し、畿内での政権を確立する。
さらに1575年には、「武家の棟梁」として歴代足利将軍が任官されていた右近衛大将に任じられ、全国の大名に停戦命令や官位授与の書状を出したりしていて、もはや全国政権的な性格も帯びるようになった。著者はこれを「安土幕府」と呼んでいる。

畿内を抑えた織田家は羽柴秀吉に西国攻略を命じ、秀吉は中国地方へ攻勢をかけていく。海賊衆にも盛んに調略を行い、来島村上氏などは早くから織田家になびくようになる。

一方で、京から追い出された将軍の足利義昭は、毛利家の庇護下で瀬戸内の重要港である鞆の浦亡命政権をつくり、「鞆幕府」と呼ばれる体制を構築していた。

京を追い落とされたとはいえ、足利義昭征夷大将軍の地位を保持していたし、織田家の勢力が及ばない地方ではいまだに将軍が権威は高く、義昭は各大名から進物を受けたり、各大名に書状を送って信長包囲網を画策したりした。
瀬戸内の海賊衆たちはこれを支援して、水軍として警固に回ったり、あるいは対織田家の軍事行動に参加した(織田水軍に大勝した木津川合戦、織田水軍の鉄甲船に大敗した第二次木津川合戦など)。

著者は、この安土幕府と鞆幕府で二人の「武家の棟梁」が並び立つ状況を「二重公儀体制」と呼称している。

一般的には、「1573年、足利義昭が追放されて室町幕府は滅亡した」となっているが、そんな単純な話でもないようだ。

羽柴秀吉明智光秀の主導権争い

この二重公儀体制も、織田家がさらに勢力を伸ばしていったことにより崩壊する(決定的になるのが1580年の石山本願寺陥落)。

ただ織田家中も一枚岩ではなかったらしく、近畿一円を任されていた明智光秀と、中国攻略を任されていた羽柴秀吉の間で、西国に対する次のような戦略方針の相違があったという。

  • 明智光秀の構想【明智―長曾我部ライン】 …四国を長曾我部元親と連携して平定し、さらに毛利家と和睦を進めて中国地方を織田体制に取り込む。
  • 羽柴秀吉の構想【羽柴―三好ライン】 …四国は阿波の三好康長と連携して長曾我部家らに対抗し、中国は毛利家から離反した宇喜多家と結んで毛利家を攻撃する

毛利家と宇喜多家、長宗我部家と三好家は互いに敵対していて、織田家としてどちらに肩入れするかを決めれば、もう片方は没落する可能性が高い。

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もし織田信長の戦略方針が明智-長宗我部ラインに決定した場合、毛利や長宗我部と敵対する宇喜多・三好を見捨てることになり、秀吉は面目丸つぶれである。
実際、信長がそちらに傾きつつあった時期があったようで、毛利軍と対峙する秀吉の頭越しで毛利家と停戦交渉をしようとしており、秀吉の政治生命は窮地に立たされていたという。

しかし、秀吉が毛利家を積極的に攻撃しつつ、さらに三好家と縁戚関係を結んで四国でも攻勢に出、信長へ政策変更を強烈に働きかけつづけたおかげで、最終的には羽柴―三好ラインの採用が決定するのである。

この時点で、明智光秀のもくろみは瓦解し、織田家臣の主導権争いは秀吉の勝利に終わる。これが明智光秀本能寺の変を起こす原因の一つとなったとも言われる。

海賊時代の終わり

戦国が終わりに近づく中で、海賊たちどうなっていったかというと、1588年に秀吉によって「海賊停止令」が出され、それまでのような海での独自活動がしだいに制限された。これによって海の武士たちはその特徴を失い、普通の武家化する、もしくは衰退していく。
ただ、1592年から文禄・慶長の役(朝鮮侵攻)が起こると、海戦のエキスパートとして海賊出身者のニーズが高まったため、村上家などは多くの家臣が出奔して各大名に仕官し、戦後もそのまま各家の家臣団の一員となった者も多いという。

巻末では、能島村上家の個々の家臣たちが戦国の終わりとともにどうなったかを、史料をもとにリスト化している。「○兵衛が逃げて■■家に入った」などが詳細に書いてあり、なかなかおもしろい。

    • -

本書は、戦国海賊たちの具体的活動や動向をメインメインにしつつ、主に戦国末期の西国全体を海から見た構図の中で話が進み、毛利・河野・長宗我部・織田など各大名のパワーバランスの移り変わりが詳細に記されている。
僕は西日本にはほとんど行ったことがなく、知っている海といえば日本海と太平洋だけなので、瀬戸内海のような「内海」の世界の感覚はよくわからないのだが、西日本に住んでいて瀬戸内海の文化圏が身近な人だと、こういった海賊や海上権力の話は肌感覚でわかるのだろうと思う。

また、織田と足利の二重公儀体制や秀吉と光秀の出世争いの話などは、海賊よりもむしろこちらのほうが興味深かった。この辺りは著者の旧著『信長革命「安土幕府」の衝撃』でメインで書いているそうであるので、読もうと思う(一応ぽちった)。

信長革命 「安土幕府」の衝撃 (角川選書)

信長革命 「安土幕府」の衝撃 (角川選書)

カエサル『内乱記』 二人の英雄の全面戦争が熱い

歴史

barbieri.hatenablog.com

カエサルの『ガリア戦記』の続編とも言える作品、『内乱記』を読んだ。
同じく國原吉之助訳による講談社学術文庫版である。

内乱記 (講談社学術文庫)

内乱記 (講談社学術文庫)

カエサルvs.ポンペイウス

『内乱記』は、ガリア戦争でウェルキンゲトリクスを倒し、ガリア全土を支配下に収めたカエサルが、「三頭政治」の盟友であり、最大のライバルとも言える英雄ポンペイウスと繰り広げた戦争の経過を著したもの。

ガリア戦争の最中から、カエサルポンペイウスを擁する元老院派と対立を深めており、戦後もカエサルはイタリアに帰れない状態が続いた。

当時、ローマ共和国イタリア半島のほぼ全域を「本国」としており、それ以外の地域は「属州」として総督を置いて支配していた(カエサルのガリア戦争によってガリアも属州になった)。

共和政ローマ - Wikipedia

ローマ共和国には「軍隊を率いてイタリアに入ってはいけない」という法律があり、カエサルがローマに帰るには手持ちの軍を解散させて単身で行かなければならなかったのである。
一方でポンペイウスはローマにありながら、超法規的行為が許され軍団を率いていたため、カエサルが単身で政敵の軍に満ちたローマに入るのは自殺行為ともいえた。

BC48年、カエサルは本国に入らずにイタリア半島の北辺から元老院派と交渉を重ねたが実らず、ついに戦争を決意。
軍団とともに属州と本国との境界とされていたルビコン川を渡り、イタリアへ進撃を開始した。

『内乱記』は、ここから2年間にわたる、イタリア、ヒスパニア(スペイン)、北アフリカギリシャマケドニア、エジプトなど当時のローマ共和国全土を舞台にしたポンペイウスとの戦争が描かれていく。



相変わらずカエサルの文章は簡潔で切れ味が鋭い。

戦争の舞台は広範囲におよぶものの、カエサルvs.ポンペイウスという構図が明確なので、いろいろな部族が入り乱れてよくわからないことになる『ガリア戦記』に比べてかなりわかりやすかった。

また『ガリア戦記』と同じく、この講談社学術文庫版の解説や地図の充実は素晴らしかった。


「賽は投げられた」は『内乱記』にはなかった

ちなみに、同じローマ人に対して戦争を起こすことを迷った末に、意を決してルビコン川を渡るときカエサルが放ったといわれる「賽は投げられた」というセリフは有名だが、『内乱記』では出てこない。というかルビコン川という地名すら出てこない。
『内乱期』では、カエサルが麾下の軍団に対して自らの正統性と戦争への決意を演説し、兵士たちが奮い立ったという記述のあと、

兵士の意志を確認するとカエサルは、その軍団と一緒にアリミヌムへ出発する。

とあるだけである(アリミヌムはローマ本国内の町)。

「賽は投げられた」とは後世の本で書かれた記述が原典で、本当にカエサルが言ったかどうかはよくわからないようだ。

この講談社学術文庫版での訳注によると、カエサルが「賽は投げられた」と言ってルビコンを渡るというドラマティックな場面は、200年ちかく後のローマ帝国時代に、スエトニウスによって書かれた『ローマ皇帝伝』にある。
また、スエトニウスの少し前に書かれたプルタルコスの『英雄伝』では、カエサルは「賽子(さいころ)を投げてしまえ」と言って戦争を決めたとのこと。こちらのほうがリアルというか、カエサルが悩みに悩んで切羽詰まった末の「えーい!やっちまえ」的なやぶれかぶれな感情が出ているかもしれない。

この『ローマ皇帝伝』と『英雄伝』も日本語訳が出ているので、いずれ読んでみたい。

ローマ皇帝伝 上 (岩波文庫 青 440-1)

ローマ皇帝伝 上 (岩波文庫 青 440-1)

プルタルコス英雄伝〈上〉 (ちくま学芸文庫)

プルタルコス英雄伝〈上〉 (ちくま学芸文庫)

『ガリア戦記』→『カエサルを撃て』のコンボがとても良かった

歴史

anond.hatelabo.jp
この増田エントリを見て『ガリア戦記』(講談社学術文庫版)と、ブコメにおすすめされていた佐藤賢一カエサルを撃て』(ついでに『内乱記』も)をぽちる。
カエサルのガリア戦争やアレシアの戦いについては大体知っていたけど、カエサルが書いた『ガリア戦記』そのものを読むのは初めてだった。

カエサルの『ガリア戦記

ガリア戦記は、古代ローマの英雄ユリウス・カエサルがローマ軍団を率いてガリア(現在のフランス)を征服する過程を、報告書という形で自ら執筆し、刊行したもの。
BC58~51年の8年に及ぶガリア戦争を1年ごとにまとめ、全8巻で刊行された(ただし8巻は別の人が書いたもの)。日本語訳版は、すべてをまとめて1冊にし、各巻を章としてまとめてある。

ガリア戦記』は古代史上に輝く名作として評価されているとのことだが、その特徴としては、カエサルの非常に客観的かつ簡潔な文体だ。主人公はカエサル自身だが、文中ではすべて「カエサルは~」と三人称にしてあり、また余計な虚飾や心理描写がなく、起こったことや各人の判断、言説などを明確に書いている。

当然ながらカエサルは都合の悪いところは書いていなかったり、事実と異なることを書いていたりする。しかしその文体のおかげで、僕らのような2000年後の読者ですら「カエサルが客観的に事実を書いている」と騙されてしまうようになっていて、よくできていると思う。

豊富な解説・資料がとても良い

講談社学術文庫版には、巻末に訳者による解説、用語集、索引、地図が掲載されている。
解説はガリア戦争に至る経緯や、ローマ国内でのカエサルの政治状況など、本編を読んでもよくわからない部分が書いてある。
また用語解説では、ローマ軍の軍制や装備、陣営の作り方、城壁の構造などが、図入りで詳細に解説してある。
これらがとても面白く、また本編がとてもわかりやすくなって良かった。

7巻が群を抜いて面白い

読んだ感想としては、上記の増田とほぼ同じだった。1~6巻は正直いってつまらなかった。

1~6巻は、ガリアの諸部族を制圧していくカエサルとその軍の行動が描かれている。ガリアだけでなく、時にはゲルマニア(ドイツ)、ブリタニア(イギリス)まで遠征し、つぎつぎと部族を従えていく。多くのガリア部族がどころどころで兵を挙げるが、かれらの半分蛮族のような軍隊(興奮すると服を脱いで戦ったらしい)では、軍制、装備、訓練、土木技術などすべてが高水準にシステム化され当時世界最強だったローマ軍にはとてもかなわず、ローマ軍が来るとすぐに人質を差し出して降伏してしまう(たまに激戦したりローマ軍を破ったりすることもある)。
春~秋に軍事行動を終えると、カエサルは要地に陣営を築いて軍団を駐屯させ、自らはイタリアに帰っていく。で、翌年また出てきて征服を再開。延々とこの繰り返しである。

カエサルの文の簡潔さや、ガリアに部族がたくさんありすぎて覚えきれないこともあって、読んでいてもどうにも盛り上がらない。読み進めるのが苦痛に近かった。強いてあげるとすれば6巻のガリア人の習俗を詳しく述べるところの記述は割と面白かった。

で、7巻(BC52年)である。ここから、それまでが嘘のようにがぜん面白くなり、一気に作品に引きこまれていく。

この年、それまで部族ごとにばらばらに動いて、カエサルに各個撃破されるだけだったガリア部族が、ウェルキンゲトリクスという指導者を戴いて団結し、組織的な反攻を開始するのである。

全ガリアを束ねたウェルキンゲトリクスがとった作戦は「焦土作戦」。
ガリア人たちは、自分たちの村や都市をことごとく焼き払い、ローマ軍がどこに来ようが、食料などの物資を調達できないようにしたのである。さらに、強力なローマ軍との正面からの会戦を避け、ガリア人が得意とした騎兵での補給路襲撃に専念する。

補給に苦しむカエサルは、ついに撤退を決意した。
ローマ軍の撤退を見て、ウェルキンゲトリクスは追撃を開始するのだが、退却中とはいえやはりローマ軍は強く、正面から挑んでしまったガリア軍は大敗してしまい、「アレシア」という都市に逃げ込むことになった。

それを見たカエサルは、ウェルキンゲトリクスを捕らえて戦争にかたをつけるべく、アレシアを攻囲する。
ウェルキンゲトリクスは、攻囲下のアレシアからガリア全土の各部族に檄を飛ばし、救援を呼びかける。
アレシアを囲むカエサルのローマ軍10個軍団、総勢5万。それに対し、ガリア王を救うべく、全土から25万のガリア軍がアレシアに集結した。

ガリア戦争のクライマックス「アレシアの戦い」が始まる。


という感じで、ここからも超熱いのでガリア戦記超おすすめ。

ガリア戦記 (講談社学術文庫)

ガリア戦記 (講談社学術文庫)


佐藤賢一カエサルを撃て』

で、『ガリア戦記』を読んだ余韻でそのまま『カエサルを撃て』に突入。

上述のガリア戦争の7巻、ウェルキンゲトリクスの蜂起~アレシアの戦いの部分を題材に、ウェルキンゲトリクスカエサルを主人公として描いた小説である。

ガリア戦記の簡潔な文体と対比させる意図だと思うが、『カエサルを撃て』では、登場人物たちがくどくどくどくどと内心を語る。語り倒す。どうでもいいような感想や葛藤まで全部文になっている。

主人公のウェルキンゲトリクスは、弱冠20歳、鉄の意志と神のごとき容姿を持つカリスマの塊のような若者である。ただその振る舞いは粗暴そのもので、簡単に人を殺すし女を犯す、街を焼く。

一方でカエサルはハゲてきた頭を気にする50前の中年。弁舌がうまく、周囲への気遣いで出世してきたおっさんである。ガリアでは征服者として畏怖されているが、内心では若いガリア王に嫉妬したりローマの政敵ポンペイウスにビビりまくっている。

この対極の個性を持つ二人の英雄が、ガリアでの戦いを通じて変わっていき、互いを宿敵だと認識していく。
その戦いと変化の過程が登場人物たちのとてもクドい独白で描かれる。

ストーリーはほぼガリア戦記に沿っていて、また戦記ではわかりにくかった部分も(史実ではなく小説としての解釈ではあるが)補完されているので、『ガリア戦記』の直後に読むととてもわかりやすくて楽しい。

また、カエサルが陣中で「ガリア戦記」を書いている場面がところどころにでてくる。ある負け戦では、カエサルが指揮官である自分のミスではなく兵士のせいで負けたかのようにして戦記に書いているのを部下の若手士官に見つかって、殴られたりしている(情けないオッサン上司である)。その兵士のせいにしている部分を『ガリア戦記』でまた読み直すと味わい深い。

そしてその後の、アレシアの戦いの前のローマ軍の軍議のシーン。ここが一番好きな場面だった。ここだけ何回も読んでしまった。

    • -

そんな感じで、『ガリア戦記』と『カエサルを撃て』、セットで読むと単独より5倍くらいは面白いと思う。

311直後と熊本地震直後のホットエントリを比べてみた

メモ

enter101.hatenablog.com

上記記事を読んで。確かに今回の地震では、デマ批判、政治政党批判、ボランティア批判、マスコミ批判など、批判ばかりが目立つ気はする。

東日本大震災のころはどうだったろうと思い、東日本大震災直後と、今回の熊本地震直後のはてなブックマークのホットエントリを調べて比べてみる。

はてなの毎日のホットエントリはすべて保存されていて、簡単に過去の日付のホットエントリを参照することができる。

例:はてなブックマークがリリースされた日のホットエントリ
http://b.hatena.ne.jp/hotentry/20050210

URLの末尾8ケタの数字を見たい日に変えれば、その日のホットエントリを参照できる。
ただしデザインはすべてはてなリニューアル後のものになる。


まずは311直後である。

2011年3月12日~ 東日本大震災直後のホットエントリ

ホットエントリは前日のエントリが上がってくることが多いため、地震が発生した3月11日当日のホットエントリは地震関連のものは少ない。
震災関連一色になるのは翌日12日からである。

はてなブックマーク - 人気エントリー - 2011年3月12日

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以下、12日、13日にホットエントリ入りした主要なページについてみていく。
(リンク埋め込みできないページはブックマークページにリンクさせているので、表示のブクマ数は少なくなっている)

■震災直後、ダントツのブクマをあつめたのは震災の状況を伝える衝撃的写真を多数掲載したイギリスのニュースサイト。
www.dailymail.co.uk



■上記と同様に多数の写真を掲載したアメリカのニュースサイト。
www.boston.com



ツイッターなどで発信された地震対策を誰かがまとめてくれたもの。
b.hatena.ne.jp



■グーグル先生が自ら開設した震災情報特設サイト。
b.hatena.ne.jp



■震災の影響をうけた関東人のためのすごしかた指南。
next49.hatenadiary.jp



■日本がんばれ系のコンテンツがたくさんつくられた(リンク切れ)。
news4vip.livedoor.biz



■こちらは感動系(リンク切れ)。こちらも多かった。お涙ちょうだいが批判されることも。
b.hatena.ne.jp



■異彩を放つボーガスニュース。さすがである。
bogusne.ws


ホットエントリが震災一色の状況はしばらく続き、やがて原発関連やデマ批判、マスコミ批判なども増えてくるようになる。



次は、熊本地震

2016年4月15日~ 熊本地震直後のホットエントリ

311同様、震災関連が本格的にホットエントリ入りするのは翌日からである。

はてなブックマーク - 人気エントリー - 2016年4月15日

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が、地震翌日でも、トップからして地震関係ではない。
14日と同程度の地震が起こった16日も同様。17日に至っては合コン話術がダントツで1位になっている始末である。

以下、4月15日、16日にホットエントリ入りしていた震災関連ページをみていく。



■震災直後に一番ブクマをあつめたのがこれ。民進党の対応を皆で批判。
matome.naver.jp



■悪質なデマを流す人間を皆で批判。
togetter.com



地震の状況を伝えるNHKニュース(リンク切れ)。
b.hatena.ne.jp



■熊本の活断層について言及されたサイトが発掘された。
b.hatena.ne.jp



■あれは本震ではない余震だ、で皆が衝撃を受けた。
b.hatena.ne.jp



■安倍批判と安倍批判批判。
mainichi.jp



■衝撃的なマンション画像が話題に。
blog.livedoor.jp



■日本の歴史すげー的なやつ。後で「実は違いました」となるのもお約束。
togetter.com


あとは回線無料開放で名を上げようとして失敗したLINEが叩かれたり、震災報道をめぐってマスコミが叩かれたりしている。



まとめ

たしかに今回の熊本地震の場合、皆の反応はこまかい批判ばかりに見える。

が、この差は単に災害規模の差だろう。未曾有の大災害で日本全域(特に東日本)が大きな影響を受け、多くの人間が切羽詰まっていた311とは違い、熊本地震は被害を受けた人が少ない。多くの人は精神的にはともかく生活としては平常運転なので、こまかいところにも目が向くのだろう。

それよりも、311時のホットエントリを見返していて、地震が発生してすぐに地震対策や情報共有のサイトや励ましの言葉を届けるサイトがいくつも作られ、上がってきている光景はまさに集合知の結晶であり、やっぱり人間捨てたもんじゃないな、と改めて思った。

とにかく何も考えず気軽にやってみるのがいいほのぼの経営フリーゲーム「キャンディリミット」

ゲーム フリーゲーム

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フリーゲーム「キャンディリミット」

■経営シミュレーション(というほどでもないお菓子屋経営ゲーム)
■クリア時間:2~3時間くらい


主人公は妖精のキャンディ。お菓子屋さんを開きたいそうです。

で、さっそく開店したはいいものの何も商品がないので、探索で素材を集め、それを元にいろいろなお菓子を開発して店で売ります。

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売るといっても、主人公の信条なのか何なのか商品は全部タダで、しかも魔力でお菓子を生成するため、売れば売るほど自分の魔力を消耗していくのみです。
それでもなぜお菓子屋をやるかというと……それは話を進めていくとわかります。


かわいらしくほのぼのとした世界、キャラクター、BGMでまったり楽しめるゲームです。


…というくらいの情報だけでプレイするのが本作を一番楽しめる方法だと思います。私はかなり楽しめました。

システムは単純で気軽なゲームなので、興味をもったら、とにかく一度いろいろなレビューや感想を読む前にプレイするのがいいです。…ほんとに。賞を取ったりランキング高位になっているのは伊達ではありません。


DL 作者WEBサイト「みずのみば」
http://mizunomiba.sakura.ne.jp/game.html


ちなみにこのゲームのお菓子屋経営は終わりの日が決まっているので、あまり効率が悪い進め方をすると最後に詰んでしまう可能性があります(そこまでシビアではありませんが)。
その場合最初からやり直すほかなくなるので、それがイヤな人は、2時間かかる「かいはつ」を1日の最後にすると効率よく進められて、終盤でも余裕が出てきます。

■効率のいい進め方

17:00まで → 「たんさく」でひたすら素材集め。
17:00~20:50くらい → 「えいぎょう」でお菓子を売る(作る魔力が足りないお菓子はこまめに販売中止する)
21時前 → 「かいはつ」をして一日終了